« じつは隣に座っている人もVOYを見ていたのであった。 | トップページ | J2アビスパ福岡J1昇格できず。 »

2004年12月12日

書評#09「親日派のための弁明2」

本日は、韓国では有害図書指定を受けた「親日派のための弁明」の続編である、

「親日派のための弁明2 -英雄の虚像、日帝の実像」 キム・ワンソプ(金完燮)著 扶桑社 ISBN4-594-04845-5

を取り上げる。

はっきり言うと「突っ込みどころのたくさんある」書籍だ。かといって嘘や捏造されたことが書かれているとは思わない。しかし日本人にとっては異常なほど心地よい内容だということだ。
韓国の人たちが自分たちの歴史について、議論を尽くし、本当の事実に到達するのであれば、このような彼らにしてみれば(国辱的な)極論かもしれない書籍も必要なのかもしれない。この点は、日本のほうも基本的には同様だと思う。
あと、日本で売れる(つまり高額な印税を得られる)ことを考えて、あえて書いているのではないかという疑念を抱かざるを得ない。
#もちろん、著者はそのために、韓国では大変な目にあっているようである。その点は尊敬に値するほどすごいと思うが。

とりあえず2つほど疑問点を取り上げると、

  • 世界史について理解が浅いのではないか?大まかに要約すると「朝鮮が日本の併合された時代を見ると、同様な状態の国が3つ(清朝、朝鮮、ハワイ)があった。これらはともに、女性が実権を握っていた。彼女らが、民衆の反感を買い、結局失脚することになったのだ。」と述べている。清朝や朝鮮の話はともかく、ハワイの女王リリウオカラーニは民衆から反感を買ってはいなかった。むしろ親しまれていた。その理由として、彼女が作詞・作曲した「アローハ・オエ」が今でも、みなに親しまれているからだ。もちろん、朝鮮の日本への併合、ハワイのアメリカへの併合という事実は似通ってはいるが、基本的な認識で間違いを犯している。儒教的な男尊女卑の観念がいまだ抜け切れていないのではないか。
  • 皇帝(エンペラー)と名乗れるのは「大陸の天子(つまり中国)、日本、ナポレオン、アレキサンダー、ロシアのツァーリぐらいである。だから、朝鮮の皇帝というのはおかしな呼称である。」と述べている。確かに、王の上の王としての皇帝はそれほどいない(しかし日本の場合は、明治以降の天皇は(実質的にもさらに形式的にも)王の上の王ではなくなったのだ。また、「ローマ皇帝は?」という突っ込みもできるだろう)し、朝鮮皇帝は王の上の王ではないから皇帝とは言えないという主張は理解できるが、どう呼称するかは、その国の国民や政府が決めることで、たいした理由など必要ない。

しかし、伊藤博文に対する正当と思われる評価や、朝鮮・韓国の暗部、教科書問題で韓国が日本に突きつけた修正項目の一覧と日本の回答についても詳細に書かれており、それなりに評価できる点もある。

そういったバイアスがかかっている書籍としてあえて読んでみるのも一興だ。

Posted by masamic at 18:36 [書籍・雑誌, 歴史] | 固定リンク

既トラックバック送信先


トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26301/2243417

※トラックバックスパム対処のため、トラックバックは承認制となっております。明らかにスパムと思われるものでなければ公開を原則といたしますので、あらかじめご了承ください。

この記事へのトラックバック一覧です: 書評#09「親日派のための弁明2」:

コメント

はじめまして。「親日派のための弁明2」は気になって立ち読みしてみた本です。いまだ熟読する暇がありません。でもこちらの書評を拝見していると、熟読するほどの価値はなさそうな気もします。教えていただいたお礼に、わたしがはまっている本をご紹介します。それは、「日本帝国の申し子」(草思社)というアメリカ人の東洋学者が書いた本です。「韓国資本主義の植民地起源1876-1945」という副題がついています。
京紡という朝鮮資本としては当時最大だった私企業の歩みを追うノンフィクションです。

こんな話が出てきます。「1946年夏、アメリカ政府の依頼を受けた経済学者マーティンは、満州における日本の遺産を調査していたところ、巨大紡績工場の跡地に出くわした。そこは織機1000台、従業員3000人を誇る当時最新鋭の工場であった。まだ残っていた朝鮮人の警備員に話を聞くことができたが、それによるとそこは朝鮮資本の京紡の工場だったというので、マーティンは腰を抜かすほど驚いたのである。そこは満州にあったカネボウの紡績工場より規模の大きなものだった。」

そして、なぜ朝鮮資本の会社の工場が満州にあったのか、という謎を追うことで話は進んでいきます。著者の
エッカートはハーバード大学コリアインスティテュート所長。経済史の本なので、これほどはまるとは思っていませんでした。面白くてこたえられない。推理小説を読むようで楽しく読み進んでいます。この本はいまだ韓国語に翻訳されていないそうですが、なぜ翻訳されないのか、著者自身が前書きで述べています。その箇所だけでも読む価値は充分にある力作といえましょう。

投稿者: アッシュ (2004年12月22日 21:24)

アッシュさんはじめまして。

>でもこちらの書評を拝見していると、熟読するほどの価値はなさそうな気もします。

まあ、もともと改訂版として出すものを続編としてまとめたような内容なので、若干記述の仕方に一貫性がないといったところがあります。

しかし、私の感想はかなりあっさり書いているので、もしかしたら、気になる記述が見つかるかもしれませんよ。いずれ機会があったら、読んでみてください。

>京紡という朝鮮資本としては当時最大だった私企業

その話聞いたことがあります。どの本で知ったのかはよく判りませんが。

弁明2のほうでも、時代が進み朝鮮半島での資本主義が立ち上がってくると、朝鮮資本の企業が増えていったことが書かれています。

ご紹介の本を早速読んでみたいと思います。

ご紹介ありがとうございました。

投稿者: masamic (2004年12月22日 22:33)

コメントを書く