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2005年06月12日

靖国問題について

小熊さんの日記「底に哀はあるの。」2005年6月9日の記事より。
あと、ちょっと内容に違いがあるけども同じ「靖国神社」の問題として、カリーさんのBlog「カレーとご飯の神隠し」の記事「【靖国】 これだからマスコミは嫌いです 【遺族会】」にTBしました。

つらつらと、思ったことを書いてみる。なお、ちゃんと裏は取っていないので、突っ込みは勘弁してください。ソースの提示なら勉強になるので大歓迎です。

正直言って靖国神社が「A級戦犯を分祀できない。」という主張を政府が覆すことはできないだろう。それは、宗教に対する弾圧でしかないからだ。よって、国際問題になっているA級戦犯合祀問題を回避するには、政府は靖国への参拝をやめるしかないといえる。

とはいうものの、本当に「分祀できない」のか?というと、そんなことも無かろうと思う。(靖国神社の特殊な経緯を無視して)普通の神社として考えた場合、一般の神社で過去に「分祀」が行われたことは無いのだろうか?

で、小泉総理が靖国神社を参拝するにあたって、個人の宗教観から参拝するのであれば、いっこうに構わないのだが、これが政府の代表として参拝である場合は、(そんな国があるのかどうかは知らないが)厳格に政教分離の原則を貫く場合は、難しいと考える。だから、個人のお金で全てを賄い、大臣ではなく一個人としてであれば参拝するのはかまわないと思う。

なお、靖国神社は参拝方式は問わないとの見解らしい(未確認)が、神社(もう少し厳密に言えば宗教法人)であることには変わりあるまい?

さて政教分離の話を出したので、その延長線上で、宗教団体をバックに持つ公明党について述べよう。結論から言って、彼らの存在は正直言って好きではないが、否定するつもりも無い。というか、個人の宗教観の総体が公明党として具現化しているものであるなら、憲法の基本的人権として規定された結社の自由により、日本国民は、これを受け入れざるを得ない。ただし、法律に特定の宗教を利するもしくは害する内容を含めることには政教分離の原則により反対だ。

あと、無宗教も一種の宗教であるという主張は解らんことも無いし、無宗教的な慰霊施設を国が作るのは「国家宗教と違いが無いのでは?」という意見もわかる。ただなんとなく引っかかるんだよなぁ。たとえば、沖縄にある太平代戦争の(敵味方を問わず戦争によって死んだ人の姓名を刻んだ)戦没者慰霊碑が宗教施設であるのかと考えると、そうは思わないし。

しかし、大日本帝国が臣民を保護(かなり怪しいけど。第二次世界大戦は総力戦だったから仕方ない面もあるけどね。)し日本(この場合は天皇制を中心とする「国体」)の存続のために死んでいった兵士に対して、感謝の気持ちと哀悼の意を表することはきわめて自然でもあるし、そうすべきだと思う。でもそれを行う場所は靖国である必要は無いんじゃないかな。

結局は宗教的寛容さが必要であるのは云うまでも無い。日本は数少ない宗教的民族的対立の少ない国の一つであるのだから。この利点は残して行ききたいと思う。

なんかとりとめが無いですけど、以上率直な感想でした。

Posted by masamic at 22:20 [経済・政治・国際] | 固定リンク

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» なぜ小泉総理は靖国参拝にこだわるのか [社長の本音日記 から]
中国が執拗に牽制・反発を続けている小泉総理の靖国神社参拝問題ですが、先日取り上げた超親中派と目される河野参議院議長が総理経験者を糾合して動いたり、中国に招待された議員達が盛んに参拝を思いとどまらせようとしたりする等、一見小泉包囲網が狭まっているようにマス... 続きを読む

受信 2005/06/13 12:00:29

» 【靖国】 これだからマスコミは嫌いです 【遺族会】 [カレーとご飯の神隠し から]
次の二つの記事を見比べて欲しいのです。 首相の靖国参拝支持、新追悼施設には反対…日本遺族会(読売新聞) 日本遺族会(会長=古賀誠・自民党元幹事長)は11日、都内で正副会長らによる幹部会を開き、靖国神社に代わる新たな戦没者追悼施設の設置に反対していく方針... 続きを読む

受信 2005/06/13 21:30:05

コメント

神道では,分霊という概念は存在しても,分祀という概念は存在しません.身近な例でおおまかに,田迎神社に祀られている神様は,八井耳玉尊です.この神様は,ご存知の通り,阿蘇神社に祀られている健磐龍尊のお子さんと言われている方ですよね.八井耳玉尊は甲佐神宮に祀られております.しかし,田迎神社にも祀られています.たとえ分霊しても元々の神社でそのご神体が消えることはあり得ないわけです.このような身近な例をみても,神道には分祀という概念が存在しないことが理解できるはずです.ですから本当に分祀できないのです.
個人的見解ですが,靖国神社参拝は完全な国内問題です.よって国際問題にすること自体に問題があります.国際問題を回避するためには政府は参拝を辞めるしかないという発想は,根本的に間違っていると思います.諸外国からの圧力の有無によって日本の政教分離が変化するとはとても思えないからです.

投稿者: 山本建白 (2005年06月16日 10:53)

山本建白さん、コメントありがとうございます。

大雑把にまとめると、「分祀」という概念が無い、故に分祀が行われたことが無い(「できない」では無いところに注目)。ということですよね。

ならば、新しく「分祀」という概念を持ち込めば済むのではないですか?今まで「分祀」行う必要が無かったからこそ「分祀」という概念が発生しなかったのであって、仮に過去に「分祀」が行われていれば、そのような概念も発生していたように思われます。

尤も昔ながら(いつから?)の伝統を守っていくのであれば、今後も分祀はできないのでしょうが。

ところで、神道に関するお勧めの書籍はありますか?きちんと勉強しておいたほうが良いと思うので。
#昔一冊買ってまだ読んでないような気もするけど。自宅は本の山なのでどっかに埋もれているかも。

政教分離そのものに関しては、完全に国内問題だと思います。中国が問題としているのは靖国神社に「A級戦犯が合祀」されていて、政府の人間がA級戦犯をご神体として崇めている様に見えるからです。この点はきちんと分けて書いておくべきでしたね。修正いたします。

では、A級戦犯を分祀すれば国際問題は解決するのかといえば、そうはなりそうに無い(際限がなさそうな)ところが、嫌らしいのです。

いかがでしょうか?

投稿者: masamic (2005年06月16日 13:01)

わたしは,分祀できないと書きましたが,お読みいただいたのでしょうか.教義上分祀することなどできないからそんな概念もないとなるわけですよ.今まで仮に分祀したことがあったとしたらそのような概念も発生したというのは,本当に本末転倒な理論です.
もし本当に分祀というものを持ち込めば済むというお考えなら,エホバの証人の信者(?)に,輸血できるように教義を変えれば済む事だと言ってみて下さい.宗教である以上,その教義は簡単にかえるものではありません.当然のことです.それをいとも簡単に新しく入れれば済むことだと断じるのは宗教(個人の信教の自由や良心の自由も含めて)そのものを冒涜しているともとられかねないご発言だと思いますよ.

たとえ,中国がA級戦犯をご神体として崇めていると見ようが見まいが,そんなことが一体なんの関係があるのでしょうか?完全に国内問題であるという認識があるのなら,国際問題は解決するもなにも,そもそも国際問題は存在しないではないですか?中国の今の態度こそ内政干渉であると非難するべきだと思いますが.

投稿者: 山本建白 (2005年06月17日 11:33)

山本建白さん、こんにちは。

山本建白さんの先のコメントでは「教義上」という言葉はありませんでした。ただ「概念が無い」と書かれていましたので、「では概念を導入すれば?」と思ったわけです。

「概念」というのは、必要に迫られて新たに区別もしくは、新たなシステム(理論)を構築されたときにできるものだと思いましたが。

関連して、宗教というものは多くの場合、何らかの新しい概念を創造もしくは吸収して発展していく(ユダヤ教に対するキリスト教やイスラム教、キリスト教のカトリックに対するプロテスタントのような)ものだと思うのですが、神道は違うと仰られるのでしょうか?

そういった宗教史的意味では「概念の導入」というのは結果的には特別本末転倒ではないと思いますが。

まあ、「はじめに分祀ありき」と押し付けられるのは非常に不快なことであることは十分判っていますが。ここはもう少し論理的に行きましょう。議論にタブーを持ち込むと肝心なことが議論できなくなりますし。

念のために申しておきますが、私は「分祀しろ!」と云っているのではなく、「分祀できないのか?」と云ったまでです。余計なことを書いていたので、解りにくかったかもしれません。

ちなみにその「分祀できない理由が記載されている教義」が詳しく載っている(できれば現代語訳)の書籍はありますか?いまは環境的にそのような調査が難しい状況にあります。教えていただけると大変助かります。amazonとかで入手できるなら(価格にもよりますが)買う価値があると思います。

最後に、国際問題か国内問題かについては、上記の「教義」の方により強い興味がありますので、申し訳ありませんが、しばらくコメントは差し控えたいと思います。

よろしくお願いいたします。

投稿者: masamic (2005年06月17日 19:27)

大事なことをコメントし忘れておりました。

山本建白さん>宗教である以上,その教義は簡単にかえるものではありません.当然のことです.それをいとも簡単に新しく入れれば済むことだと断じるのは宗教(個人の信教の自由や良心の自由も含めて)そのものを冒涜しているともとられかねないご発言だと思いますよ.

簡単に変えられるものであるとはもちろん思っておりません。その点は十分理解しております。ですから、当エントリでは、「政府が分祀を強制することはできない。」という旨を書いております。個人でもまた然りです。

投稿者: masamic (2005年06月17日 20:05)

うーーむ.
masamicさんは,結構皮肉屋だったのですね.
確かに,masamicさんのおっしゃる(書かないだけでしょうが)ように明文化された教義はないですよ.
しかし,では教義がないかと言われたらそんなことはない.
私は,日頃神社をまわり暇そうな神官と話をするようにしています.一度されてみてはいかがですか?

私が概念と書いていたのは「神道的考え方」と捉えているつもりでしたが,概念ということをずいぶん一般的な意味で使われているようなので教義と敢えて書きました.

私が,本末転倒というのは,
分祀するという考え方が存在するから,分祀ということができるはずにもかかわらず.masamicさんは,
「仮に過去に「分祀」が行われていれば、そのような概念も発生していたように思われます。」
とお書きになってますよね.
これは,神道的考え方からは,あり得ない仮定なんです.
よって,この仮定から導きだした「そのような概念も発生していた」という結論もあり得ないのです.
そもそも分祀するという概念が存在しないわけですから
その概念を作り出す為に無理矢理作った仮定ですよね.
つまり「本末転倒」だと書いたのです.
それとも,あり得ない仮定は,理論的ですか?

理論的に最後にお聞きしたい
「「概念」というのは、必要に迫られて新たに区別もしくは、新たなシステム(理論)を構築されたときにできるものだと思いましたが。」
というmasamicさんの持論ですが,これは一般的な概念のことであろうと思います.私の考えとは違いますが.それはいいとして.
敢えてこれを今回の靖国問題に当てはまるとすれば,
新しいシステムとは「分祀する」ということですよね.

では
・そのシステムがなぜ必要に迫られているのですか?

・「必要に迫られている」ということは,誰にとってなんですか?

靖国神社にとって「必要」なんですか?
それともmasamicさんにとってですか?
中国にとってですか?
首相にとってですか?


最後となりましたが,鬱病の患者さんには
「頑張るな」ということが大事だと聞いたことがあります.
お答えはENT後で結構です.
ゆっくりで結構ですから,けっして頑張らないようによろしくお願いします.

投稿者: 山本建白 (2005年06月18日 22:41)

山本建白さん、こんにちは。

山本建白さん>masamicさんは,結構皮肉屋だったのですね.

自分でもそういうところはあるかなと思っています。大体議論を始めるときはあえて極論から入るのが癖みたいなので。そっちのほうが反応がいいからなんですが。(一般に「釣り」と言われている行為に近いのですが、目的は「自分の勉強のため」という違いがあります。

山本建白さん>日頃神社をまわり暇そうな神官と話をするようにしています.一度されてみてはいかがですか?

じつは、今回の話の中で、同じようなことを考えていたのです。いきなりというのは苦手なので、まずは上手い具合にその辺に詳しい知人が居りますので、まずはそこから当たってみたいと思います。ご忠告感謝いたします。実のところ、私自身は神社に行くのは好きなんですよ。小熊氏曰く「無宗教という宗教を信仰しているw」関係から、あまり踏み込んだ行為は行いません(とはいえ他の宗教に関して儀礼的なレベルでの行為は個人としては受け入れている部分はあります。)が、神社に境内に足を踏み入れ、(全てではないとはいえ、多くの場合)歴史を感じる事は気持ちのいいものです。昔のままの自然が残されているところも多いですし。

山本建白さん>では
山本建白さん>・そのシステムがなぜ必要に迫られているのですか?
山本建白さん>・「必要に迫られている」ということは,誰にとってなんですか?
山本建白さん>靖国神社にとって「必要」なんですか?
山本建白さん>それともmasamicさんにとってですか?
山本建白さん>中国にとってですか?
山本建白さん>首相にとってですか?

これについては私なりに考えて、少々時間がかかるかもしれません(ニュースなどの情報も参考にしつつとなるでしょう)が、後日改めてコメントしたいと思います。脊髄反射ではまともなコメントにはならないと思うので。

今回の件は神道について真剣に勉強するいい機会かもしれませんね。

最後に、丁寧な対応に大変感謝いたします。
また、お気遣いありがとうございます。

投稿者: masamic (2005年06月19日 22:21)

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