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2011年10月31日

[映画] ステキな金縛り <ネタばれなし>

現代日本の喜劇王とも言える「三谷幸喜」が脚本・監督を務めた法廷劇。

裁判を舞台とした作品としては2作目になります。一作目はでアメリカ映画「12人の怒れる男」をリスペクトした「12人のやさしい日本人」(ただし脚本のみで監督は中原俊)で、日本で陪審制度があったならばという観点での密室劇でしたが、
今回は裁判員制度での法廷劇となっています。

<予告で示されていること>

ある日殺人事件が起き、その容疑者として死亡した女性の夫が殺人容疑捕まってしまう。しかし彼にはアリバイがあった。自殺しようとして訪れた山中で結局死に切れず泊まった宿で、殺人時刻には落ち武者の霊による金縛りにあっていたという。

ここ最近運の向いていない女性弁護士が、その宿での金縛りで落ち武者の霊と出会い、その霊を法廷へと連れてくるが…。

<たぶん皆疑問に思うこと>

・どうやって、法廷の席で証言させるのか?
・女性弁護士や容疑者には霊が見えるのになぜほかの人には見えないのか?

劇が進むうちにいろいろなことが見えていき、最後のほうで大変なことになる(途中から伏線が張ってあるが、いきなりなので確実に一瞬皆戸惑うはずだ)が、それを逆手に取って、そして容疑者は…。

以下内緒。

落ち武者(西田敏行)の立ち居地が非常にいい。十分に楽しめる映画です。

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2011年10月27日

[映画] CAPTAIN AMERICA - The first avenger

この映画は、ひ弱で病弱なため、軍に採用されない青年が、その愛国心と正義心から、軍の秘密実験に協力し筋肉や細胞を強化され、「キャプテン・アメリカ」として、世界支配をもくろむナチスドイツの秘密科学組織をやっつけるという、割と単純明快なアクション映画です。

この10年間くらい、マーベル社は来年公開のある映画を作製するため、また、今後いろいろな続編が作れるように、マーベル社が版権を持つそれぞれのヒーローものを個別に映画化してきた。

これまでのマーベル社製作の映画を見ている人ならよくわかっているとは思いますが、そのヒントが、この映画のタイトルに含まれています。最近のアメコミを読んでいる人ならすでに常識でしょう。

その為、同一人物(役)が別の映画にも出ていたりしています。ここまでいえば判るでしょうが。あえて言いません。

ひとつ日本人として気に入ったのでネタばれしますが(ストーリーにはあまり関係ない)は、もちろん日本での興行も考えてのことかも知れませんし、歴史的事実もあることから、日系アメリカ人がキャプテン・アメリカ率いる突撃チームの一員となっています。※残念ながら役者は日本人・日系人ではありません。

気軽に楽しめる映画ではないでしょうか。

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2011年10月23日

[映画] ラーメン侍 (九州ローカル公開) <ほぼ全ストーリー>

とんこつラーメンの発祥の街とされる福岡県久留米市。そこに旨いラーメンにこだわる男、神代光がいる。彼はラーメン屋を営業していた父・神代昇の急死によって、地元に戻りあとを継いでいた。彼のラーメンへのこだわりは強く、それについていけない従業員が陰口を叩いていることに気づいた。中には、「先代と味が違うという言葉もあった。」。これらの従業員はそのまま辞めてしまった。

主人公は父のラーメンを超えるべく父との思い出を振り返りつつ旨いラーメンを目指すのであった。
※ちなみに辞めていった従業員はほかの店を転々とし、結局戻ってきた。

九州ラーメンに詳しい方ならこの映画の主人公のラーメン屋の屋号が「弾丸ラーメン」であることから、「大砲ラーメン」を思い起こすだろう。その通り、この映画は「大砲ラーメンの先代からの話」を元に製作されている。

後いろんなラーメンに関する有名人や、友情出演も多く、気づけなかった役者も多かったです。

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[映画] カウボーイ&エイリアン <ちょっとネタばれあり>

アメリカの西部開拓時代に、とある目的でエイリアンがやってきたら?

現代に設定した映画が、対エイリアンの攻撃に対して、どう対処するかというある意味映画によるシミュレーションで、エイリアン側の技術レベルをどの辺りに設定すれば面白い映画になるかというところが難しくなってきたなーと思ってきたところに、たいした技術も無い西部開拓時代である。

どんなローテクな方法でエイリアン後撃滅するのかというのがこの映画の見せ場。エイリアンを撃滅する最初のキーアイテムは記憶があいまいな状態で荒野に倒れていた主人公が左腕につけていた謎の機器。西部劇を見ていながらSFを見ているという面白さ。着眼点は悪くは無い。

ダイナマイトやらピストルやら、ライフルやら、槍やら、手製のアックスやらで、劣勢な中、エイリアンと戦うが、最終的に撃滅する方法については、ちょっとずるいと思った。ちょっともう少し、彼らだけで何とかする方法ができなかったのかと思うと少し残念。

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2011年10月10日

[映画] 猿の惑星:創世記 <ほぼ全ストーリーあり>

言わずと知れた「猿の惑星」のリメイクではない

まったく新しいシリーズとして製作された。

最初の「猿の惑星」は宇宙飛行士「テイラー」が機器の故障で不時着するとそこは「猿が食物連鎖のトップにいる惑星」だった。人類は猿の狩の対象とされ奴隷として扱われていたが、一部の良識ある猿ジーラと宇宙飛行士のテイラーによって、奴隷だったの女性一人とテイラー逃亡に成功するが…。

次の「続・猿の惑星」では、失踪した先の映画での宇宙飛行士たちを探すため、新たに宇宙飛行士「ブレント」が「猿の惑星」に送り込まれる。そこでは、コバルト爆弾を信仰する生き残った一部の人類たちが放射能に犯されながらもの猿による支配を逃れていた。最終的にはテイラーはコバルト爆弾を爆破させて地球は壊滅する。

3作目の「新・猿の惑星」では、コバルト爆弾の爆破前に辛うじて「猿の惑星」脱出したジーラたち3匹の猿は、なんと1978年の地球に到着する。当初は歓迎されたが、最終的には事0知能の高いジーラたちの子孫が、人類から支配権を奪ってしまう。をして時がたち「策の惑星」へと話は戻る。

4作目の「猿の惑星・征服」では、3作目で人類にペットとして飼われるになった猿が人類を反旗を翻すまでの物語。

5作目の「最後の猿の惑星」では、猿と人類との戦いは核戦争にまで発展し、核戦争に生き残ったミュータント化した人類は地下に潜る。ジーラの子供である穏健派のシーザーは、地球の未来を知り、人類との共存を目指すが、人類の反抗により失敗に終わる。そして話は「猿の惑星」および「続・猿の惑星」へとつづく。

これで、一旦このシリーズは終端を迎える。

2001年、ティム・バートン監督が、新しい「猿の惑星」を製作する。単なるリメイクではなく「リ・イマジネーション(再創造)」とよび、猿が人類を支配している構図は一緒であるが、結末はまったく異なる。

そして今回の「猿の惑星:創世記」は最初のシリーズのリメイクでもなく、2001年のティム・バートン作の「猿の惑星」の続編でもなく、まったく新しい映画となっている。

ストーリー的には最初のシリーズの「猿の惑星・征服」に近く名称や出てくる猿の種類が、「猿の惑星」などにあわせてある。起源がループになっている最初のシリーズとは違い、人類がアルツハイマー病の治療薬として作った薬が猿のニューロン数を増加させ人類に匹敵する知能を持たせることに成功した事から物語は始まる。

<以下ネタばれ>

しかし、この薬を投与された猿が突然暴れだし、最終的には射殺されたものの、おなかの中にいた子供が生きており、この猿をシーザーと名前とつけて研究者の家で飼うことになった。

主人公の父はアルツハイマーを患っており、思わず、正式な臨床試験を待たずにこの薬を投与してしまう。
翌日、父がピアノを完璧に演奏できるようになっていることに驚いた。アルツハイマーを患う前よりも上手だったからだ。

この薬が人類には効果がないと解ったため、実験用に強い感染力を持つウィルスを宿主にした新たな薬を製造する。

5年後、父は症状が悪化し、あるとき、薬の効果が切れた後の父の行動によって、シーザーは猿の保護施設に強制的に入れられる。

主人公はこの新しい薬も父に投与してしまう。

当初シーザーはなかなか他の猿たちと打ち解けることができなかったが、類まれなる知性により、ほかの猿たちを統率していった。

シーザーは主人公と会うことも少なくなり、保護施設の従業員にいじめられ、人類の自分たちへの扱いに悲観してしまう。そして逃亡を試みることを決意する。

その後父は死亡してしまう。ところが父が死ぬ前に隣人の医師のところへ駆けつけた際、咳をしてしまい、医師にウィルスを感染させてしまっていたのだ。医師である隣人の謎の死を知った主人公は、シーザーを引き取りに行くがシーザー自身がそれを拒絶する。

シーザーは、保護施設を抜け出し、主人公の家にあるウイルスを持ち出し、保護施設で拡散させる。
暫くすると、ウイルスの感染を受けた猿たちは知能が向上し、シーザーの統率の下に保護施設の従業員を襲撃。集団で保護施設から脱走した。

この異常事態に警察が動き、ゴールデンゲートブリッジを北へ渡ろうとする猿たちを全て射殺しようとするが、シーザーの統率により多くが端の北にあるセコイヤの森にたどり着いた。

主人公もその森へ来てシーザーに戻って来いと懇願するが、シーザーは主人公を抱き寄せ耳元で、「ココが自分の家だ」としゃべる。主人公はあきらめ森を去っていく。

しかし、人類はこのウィルスによるパンデミックで壊滅的打撃を受けることを想像させるシーンで話が終わる。

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[映画] モテキ <ネタばれなし>

久保ミツロウの同名漫画「モテキ」をベースにTVドラマの延長として描かれているが、TVドラマの知識は特に必要ない。

基本的なプロットは、以前(TVドラマ時)のモテ期でうまくいかず、好きな女性にも告白できない気弱な青年が、波乱万丈の恋物語を通じて、今回の恋を成就させる物語となっている。

とにかくテンポが良い、楽曲も多数使用され、対する演出も上手く、ストーリーそっちのけで音楽だけ聴いていてもいいくらいだ(もちろんずっと音楽が流れているわけではないので、ストーリーにも目が行くわけだが)。

ストーリ内で出てくる社名とか人物名とか、実際に存在するものも多数出てきて、そっち方面でも「知ってる!知ってる!」とか、「へー、そんな会社あるんだ」とか思うことも多かった。もちろん架空のものもあるので、少なくとも観ている自分が知っていることはすぐに実在するものであることがわかるだろう。

もてない男が一人で見に行っても楽しめますw。
もちろん彼女(彼氏)と一緒にいっても楽しめますw。

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2011年10月09日

[映画] ツレがうつになりまして。 <ネタはちょっとだけ、しかもわたし個人の話が多いです>

細川貂々が2006年に出版したコミックエッセー。「ツレがうつになりまして。」と「その後のツレがうつになりまして。」と「イグアナの嫁」を元に製作されている。

私自身、2003年頃にうつになって、転勤、休職し、入院(これについては「入院日記」カテゴリを参照してください。)もしてかなり症状が回復しつつあったのが、ちょうど2006年で、買いはしなかったが、こういった気軽に読める本が出てきていたことはいい傾向だなぁ。と思ってました。その後2007年に完治(坑うつ剤が必要な間は「社会的寛解」といって完治ではない)したのです(この辺までの状況は「心と体」カテゴリから伺えます)が、昨年再発してしまいまして、現在絶賛治療中です。睡眠にかかわる部分に問題は残っていますが、それ以外はほぼ問題ないレベルまで回復しています。

さて話を本題に戻しますが、

「ツレ」というのはもちろん作者である細川貂々のだんなさんですが、(うつ病をよく理解している人ならば)初っ端からうつ病の症状を示している(まあ原作もそんな感じですが)シーンから始まり、「死にたい」とつぶやいたことからすぐに、すぐに内科/心療科の医師に「うつ病」と診断される。

そしてここから、長い闘病生活が始まり、いろんなことが起こりますが、終盤で坑うつ剤の服用をしなくてもよい状態にまで回復し、最終的には嫁と一緒にゆったりとしたペースで仕事を続けていくことになる。というあらすじです。ほんわかにジーンとくる映画です。

本題終わり(短かっ!)w

私自身は希死念慮は無かったもののその当時も、再発した今も、休職前は「ココで事故ったら」会社休めて楽になるかなぁ。とかは思ったりしたこともあるので、決して問題ないレベルとはいえません。

さすがに1度目はどうしようもなくなる(たとえば、感情のコントロールがきかなくなり、理由も泣く涙がぼろぼろとこぼれて悲しい気分になったり)したため、翌日全ての仕事を放り投げる結果になり、多くの人に大変な迷惑をかけました。

現在の2回目では、うつ症状が出始めた時点で上司にうつになったことを報告し、マネージメントや顧客対応をほかの人に引き取ってもらって、ここでもいろいろと迷惑をかけてはいますが、最終的にはきちんと引継ぎも終わり、何とか、大問題にならずに休職することができました。今は、よい睡眠が取れるように薬を調整しているところです。まあ、今名何とかやってますが、早く復職できるようになりたいと思っています。

現状のうつの闘病に関してはたぶん書く内容がほとんどないと思います(実際、睡眠障害だけが残っているので、薬を変えて様子を見るくらいしかないので)。何らかのタイミングごとに書くことはあるかもしれません。

少なくともわたしにもツレ(女性)がいれば、一番きついときにやらなければいけないことをツレに代わってもらえるので、ツレが欲しいですw。

以上です。

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2011年10月07日

[映画] はやぶさ/HAYABUSA (20世紀FOX) ネタばれなし

2010年6月13日、小惑星探査機はやぶさが地球に小惑星イトカワのサンプルを持ち帰ってきたことの記憶にあるものも多いだろう。国民的人気を得ることになった「はやぶさ」の物語は、合計4つもの映画化がされることになった。

最初に公開されたのは、はやぶさが戻ってくる前から、全国一部のプラネタリウムで上映された「HAYABUSA - BACK TO THE EARTH」(HBTTE)は純粋なドキュメンタリーで、はやぶさの到着後の事実を追加してプラネタリウム向けの湾曲したスクリーン投影していたものを、劇場用の平面スクリーンに投影するものに変更したものである。制作費もすでに作成され上映されている作品を劇場用に変更しただけであったため、料金は500円だった。

さて、本題の「はやぶさ/HAYABUSA」の話に入りましょう。

20世紀FOX版はドキュメンタリーではなく、運用していた7年間+開発期間のプロジェクトに参加した「一人の架空の女性」(実際のはやぶさプロジェクトの複数メンバーたちの役割の一部を統合した役割を与えられている)を中心に、プロジェクトメンバーたちの物語として若干脚色して作成された。

この映画で特筆すべきなのは、どれだけモデルになった人の振る舞い言動心意気をコピーして、本物らしく演じることだった。なので、ずっとはやぶさプロジェクトを応援してきた人が見ると、「あるある!」「そうそう!」とくすくすと笑える、もちろんそんな事情を知らない人でもメンバーたちの熱い演技でストーリーに引き込まれることは間違いないです。

あと一つだけ、この映画では、はやぶさが満身創痍になりながらも地球に帰還できた一つの理由として、はやぶさの前に運用していた火星探査機「のぞみ」の失敗を引き合いに出して、「あきらめたらそこで終わりだ」というメッセージを前面に出している。

最後に「なぜハリウッドの20世紀FOXがこの映画を作ったのか?」というのが疑問として出てくるかもしれない。20世紀FOXは、はやぶさの功績は世界中の人が知っており、この物語が世界配給が可能だと判断したからだそうだ。

映画の説明は以上ですが、2012年に後2本、東映版と松竹版のはやぶさ関連の映画が公開される予定です。

東映の「小惑星探査機 はやぶさ-遥かなる帰還-」はメンバーの家族に焦点を当てた内容とされる。
松竹の「おかえり、はやぶさ」は3D映画として、「HAYABUSA - BACK TO THE EARTH」と「小惑星探査機 はやぶさ-遥かなる帰還-」を合わせたような内容になりそうです。当然脚本も違います、

以上、はやぶさのいように探査機の話が映画化されることも初めてですし、4本もの映画化がされた例も初めてでしょう。それだけ、日本中のはやぶさフィーバーの大きさが如何に大きかったかが判ります。

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2011年10月05日

[映画] 蛍火の杜へ <ネタばれありあり>

本アニメ映画は、コミックそしてアニメ(4期放送確定)化された「夏目友人帳」の原作者として人気のある「緑川ゆき」の短編コミックで、人に直接触れられてしまうと存在が消えてしまう少年「ギン」と少女の交流を描いた物語である。

<追記>
どうでもいいことだったんですが、個人的にこういう光景は初めて(別の意味で近い光景はプロジェクトチームDoGA主催の「CGアニメコンテスト」が雰囲気的には近いです。こちらは男性比が高いが7:3位かな)だったので、書きます。

実は同じスクリーンの前のコマでは「人生、ここにあり!」が上映されていて、これも見てたのですが、これを見るためにホワイエにたまっていた人たちは十数人くらいだったのが、見終わって劇場から出て、ホワイエを見ると、ほとんどが女子でぎゅうぎゅう詰めで階段にまで列ができている状況。思った以上に女子率が高かったです。全観客の90%以上ではなかったかと思います。緑川ゆきって人気あるんだなぁと思いました。大きな映画館ではないものの席も8割以上埋まったと思います。上映館が福岡と熊本だけだったので南九州の方々がココに集中して来場(2011年10月1日現在)することになったしまったのも理由としてはあるでしょう。観ている最中、話の終盤ではすすり泣く声も聞こてました。涙もろい人なら確かに泣くかも。自分も涙もろいほうだが、そういう感じにはならなかったなぁ。たぶんさして思い入れなく見たからだろう。

パンフ買うの忘れたまま、一キロ以上車で移動したあと、パンフ買ってないのに気づき、急いで買いに戻ったら、最後の一冊を何とか手に入れることができた。いやぁ、危ない危ない。
<追記おわり>

<以下ストーリー概略>

ある日、少女は杜の中に入り迷子になって泣き出してしまった。そこで声をかける彼(ギン)の出会いから物語りが始まる。
少女は泣き止み、喜びながら彼に飛びつこうとするが、避けられてしまう。何度も抱きつこうとするが、そのたびに小枝で少女の頭を叩く彼は、少女に「この杜は特別な杜で、人が迷い込むと出られなくなるということ、自分はもともとは杜に擦れられた赤ちゃんだったが、杜の長に育てられるにつれ、人でも妖怪でもない奇妙な存在となり、人に触られると存在が消えてしまうから、触らないでくれと」と語る。として、杜の外へ導く。

少女は彼を甚く気に入って、毎年夏に祖母の家に遊びに来るたびに彼に逢いに杜へ通い続けた。
それは、彼も同じだった。年を重ねるごとにお互い気持ちを深め合っていった。杜では毎年、楽しそうな人間の祭りを真似て妖怪たちも祭りを行っていた。まれに人が紛れ込むこともあるという。村では、昔からそのようなことに出会った人がいたのだ。少女は夏が待ちどうしくなるほど彼のことが好きになっていた。

その祭りの日、少女と彼は祭りに出かけ、楽しいひと時を過ごした。その帰り、妖怪の祭りに紛れ込んでいた子供たちが彼にぶつかって走り去っていった。直後、彼の体が徐々に消え始めた。子供らは人の子だったのだ。

少女もそれを悟ったとき、彼はおもむろに「これでやっと君に触れられる」と両手を差し出した。彼も少女のことが好きで触れたくて堪らなかったのだ。少女は彼の胸の飛び込み抱き合う。彼が完全に消滅してしまうまで…。

それ以後、少女は夏が待ち遠しくなることはなくなったが。彼のことは忘れられない思い出となっていた。
大人になった彼女は、あの杜がある場所、また、祖母の住む場所で働くために再びその地を踏んだ。

<以上>

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[映画] 人生、ここにあり!<ちょっとだけネタばれあり>

この映画は実話を元に(脚色は当然されているものの)作成された、ヒューマニズムにあふれる良作です。

1978年イタリアは、全ての精神病院を閉鎖、全ての精神病患者が自立して生活させるための「協同組合」を病院に併設し、治療を行いつつ、患者それぞれの特性に合った簡易な仕事を与え、またそれに見合った報酬を与える仕組みを作り上げた。

労働組合を追い出された男が向かったのは「協同組合180」で、彼自身が持つ熱い心で、「協同組合180」のメンバーに自信を与え、普通の人たちと遜色ない仕事と収入を得られるようにみなをまとめていく物語である。

自分も心をわずらったことがあり、今も再発して、仕事を休んでいる状況だが、この映画を見て、イタリアでは、精神病院閉鎖後手に会えない患者が出ないように、必要以上に大量の薬を与えてて場合によっては拘束する(実はこれは日本でも閉鎖病棟などで同様のことが今も行われている)ことをし、結果として、彼ら患者は簡単な作業しかできない状態に追いやられていたのだ。

一人の労働組合員の尽力で、彼らはすばらしい職人集団となり、多くの収入を得、薬を減らしても問題なく生活できるようになった。

このことが、イタリアの精神病患者によい風を送り込み、さまざまな職場で、健康な人とともに働くことができるようになったのだ。

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